日本国内では2009年8月まで販売されていた「4ランナー(4Runner)」。
4ランナーとは北米などへの名称で、日本国内であれば「ハイラックスサーフ」
という名称の方が馴染みが深いかもしれません。
かつての4ランナーは、ハイラックスをベースに開発されていましたが、最終系はタコマのグループに入り、FJクルーザーなどと共用されています。
5代目4ランナーから日本市場から離脱し、海外専売車となりました。フロントマスクが特徴的であり、ボディと同色のワイドフェンダーや力強い印象が感じられます。
また、標準装備のホイールは17インチですが、リミテッドは20インチまで標準で装備されます。
リアドアガラスの開閉の特徴もハイラックスから受け継いでおり、健在です。
運転がしやすく、豊富な装備。この格別の所有感こそ4ランナー所有者だけが味わえる魅力です。
4ランナーの色々な写真をご覧頂けます。
お好きな画像をクリックして頂くと拡大表示されて見やすくなります。
4ランナーの外観から内装まで写真を掲載していますので、隅々までご覧頂けると思いますので、ごゆっくりお楽しみください。
車両重量(ポンド) | 4400 |
車両総重量評価(GVWR)の分類(ポンド) | 6100 |
貨物取扱量(立方フィート)フロント/リア席の後ろ | 89.7 / 47.2 |
貨物取扱量(立方フィート)フロント/リア席の後ろ (プラットフォームをスライド付き) |
88.8 / 46.3 |
貨物取扱量(立方フィート)フロントシートの後ろ/秒行/ 3行目 | 88.8 / 46.3 / 9.0 |
燃料タンク(ガロン) | 23 |
座席数(標準/ 3列目に着席) | 5-7 |
牽引能力(ポンド) | 4700 |
4-7極の統合されたトレーラーヒッチと配線ハーネスコネクタ | スタンダード |
初代4RUNNER N60系(1983年-1989年)
1983年10月 米国にて車名4Runner(4ランナー)として販売が開始されました。
およそ半年後、1984年5月に日本国内でも4ランナーの販売が開始されます。
日本国内で、屋根を取り外しての公道走行は運輸省の認可が降りませんでしたが、着脱は可能なままの構造で販売されました。
1986年8月にはマイナーチェンジが行われ、日本国内のハイラックスサーフでは、5ナンバー登録、ATの設定、共に初となるワゴンが追加されました。
2代目4RUNNER N130系(1989年-1995年)
4ランナー販売開始から4年後の1989年5月にフルモデルチェンジが行われ、従来からの2ドアに加え、4ドアボディをラインナップしました。
1991年8月にはマイナーチェンジでフロントグリルのエンブレムを新CI化、異形ヘッドライト化され、ワイドフェンダー&背面スペアタイヤつきの3ナンバー車を新設定しました。
上級グレードとしてレカロ社製のシートと、ルーフスポイラーを装備したSSR-Gを追加し、ガソリン2.0Lの3Y-E型は廃止されました。
1992年8月には東京以外のトヨペット店でも4ランナーの取扱いが開始されました。
3代目4RUNNER N180系(1995年-2002年)
3代目4ランナーは1995年12月に登場し、パーキングブレーキレバーがステッキ式(ダッシュボード下)からサイド式(前席間フロア)に変更されました。
パワーウインドウとドロップゲートの組み合わせで使い勝手が悪く、日本国内からは改善要求の多かったバックドアは、窓部も一体の跳ね上げ式に変更されましたが、ウインドウガラスが電動で上下できる機能は残されました。
1997年12月にはハイラックスサーフはトヨタ店(大阪地区は大阪トヨペット)の専売となりました。
4代目4RUNNER N210系(2002年-2009年)
4代目4ランナーは2002年10月に登場し、この代の4ランナーからメカニズムの多くをランドクルーザープラドと共用するようになり、パーキングブレーキが足踏み式となりました。
また、リヤのブレーキを従来のドラムからベンチレーテッドディスクに変更しました。
2005年7月にマイナーチェンジが行われましたが、ディーゼルモデルの4ランナーは国内ラインナップから落とされてしまいました。
2009年8月9日にモデルチェンジを控えたランドクルーザープラドに吸収され、ハイラックスは41年(4ランナーとしては26年)の歴史に幕を閉じました。
5代目4RUNNER N280系(2009年-)
2009年にモデルチェンジとなりましたが、日本市場からは離脱し(これにより、日本市場からハイラックスの車名が完全消滅)、海外専売車(4ランナー)となりました。